幹細胞の力で、損傷した臓器・組織の再生を目指す

病気やケガ、あるいは老化のために損傷したり、変性したりした組織が、もとのように再生したら、どんなに素晴らしいでしょうか。このような思いから進められているのが、再生医療による治療です。これまで治療法がなかった病気でも、辛い症状を緩和させたり、完全に治したりすることができるかもしれません。

再生医療について説明するときに、必ず出てくるのが「幹細胞(かんさいぼう)」と呼ばれる細胞です。幹細胞とは、ふつうの細胞と違って、2つの能力をもった細胞のことをいいます。1つは、自分自身とまったく同じ細胞をつくり出す「自己複製能力」、もう1つは、さまざまな細胞に変化していく「分化能力」です。再生医療は幹細胞の力を利用して、損傷した臓器や組織を再生し、失われた人体機能を回復させるものです。

幹細胞の概念が確立されたのは、1961年のことです。カナダのジェイムズ・ティル氏とアーネスト・マカロック氏の2人が、マウスを使った実験によって幹細胞の存在を証明しました。1960年代後半には、アメリカのエドワード・トーマス氏が白血病の患者に対して骨髄移植を開始し、1970年代にその手法を確立しました。これが幹細胞を用いた世界最初の再生医療の臨床応用です。ただし、当時この治療は、再生医療という概念では認識されていませんでした。

再生医療が研究者の間で一躍脚光を浴びることになったのは、1998年にアメリカのジェームズ・トムソン氏が、不妊治療で余った受精卵を使ってES細胞(胚性幹細胞)を樹立したことでした。ES細胞は理論上、全身すべての細胞に分化できるため、再生医療が現実のものとして受け止められるようになったのです。

日本において一般の人が再生医療について強く認識したのは、京都大学の山中伸弥氏が、2012年にノーベル医学生理学賞を受賞したことだったでしょう。山中氏の受賞は、iPS細胞(人工多能性幹細胞)の開発が評価されたことでしたが、この業績は再生医療をさらに臨床応用に近づける大きな一歩となりました。

脂肪から幹細胞を取り出して使う治療も

ES細胞、iPS細胞といった言葉が出てきましたが、この2つは全身のあらゆる細胞に変化することができる幹細胞で、「多能性幹細胞」と呼ばれています。これに対して、一定の限られた種類の細胞に分化する能力をもち、組織の維持・修復・再生の役割を果たしている幹細胞のことを、「体性幹細胞」といいます。

体性幹細胞には、血液細胞に分化する造血幹細胞をはじめ、脂肪、歯、表皮、腸管上皮、神経などの幹細胞があります。このほか、骨細胞・軟骨細胞、脂肪細胞、神経細胞、幹細胞などの細胞に分化できるとされる間葉系(かんようけい)細胞も、体性幹細胞の一種です(表1)。

再生医療では、多能性幹細胞や体性幹細胞を使って、実際に治療する取り組みが始まっています。脂肪細胞から幹細胞を取り出して治療に使う「脂肪由来再生幹細胞治療」もその1つで、自由診療となりますが、整形外科において多くの患者が治療を受けています。

《参考資料》
長船健二(著), もっとよくわかる!幹細胞と再生医療. 羊土社 2014