ES細胞の樹立で生命医科学は飛躍的に発展

再生医療の話題で、iPS細胞と並んでよく登場するのがES細胞(Embryonic Stem Cell)です。日本語では胚性幹細胞と呼ばれ、体中のどんな細胞にも変化できる能力(多能性)と、無限に増殖できる能力を併せもっています。

1981年、イギリスの科学者マーティン・エヴァンス博士らが、マウスの受精卵(胚)を用いたES細胞の樹立に成功しました。胚は、少し成長した段階の受精卵のこと。胚盤胞(はいばんほう)という着床前の胚の中から一部の細胞(内部細胞塊)を取り出してつくられた幹細胞(かんさいぼう)がES細胞です。このES細胞の樹立により、哺乳動物の発生研究や遺伝子改変マウスの作成が簡単にできるようになり、生命医科学研究は飛躍的に発展しました。

マウスのES細胞樹立から17年の歳月を経て、1998年、アメリカのジェームズ・トムソン博士が、ヒトの受精卵からヒトES細胞を作製することに成功しました。

ES細胞を使って研究を深めていけば、これまで治すことのできなかった病気の治療法の開発につながる可能性もあります。ES細胞の特徴は、どんな細胞にも変化できる能力を持っていることですから(図1)、この能力を使って、体中のさまざまな臓器を再生しよう、という試みが行われています。これが実現すれば、これまで根治療法がなかったパーキンソン病、脊髄損傷、脳梗塞、糖尿病といった病気を根治できるかもしれないのです。

ES細胞の問題点

ただし、ES細胞には大きな問題点があります。それは、ヒトES細胞は、不妊症治療の目的で作製された体外受精卵のうちの使用されなかった胚から内部細胞塊を取り出して作製されるからです。提供者の同意を得ているとはいえ、子宮に戻せば1人の人間になる可能性があるわけですから、生命倫理の観点から許されるのかという議論が沸き起こりました。

もう1つの問題が、拒絶反応です。ES細胞は、胚の提供者の遺伝情報をもつため、移植したときに拒絶反応が起こる心配があるのです。

このような倫理上の問題や拒絶反応の問題を回避するための研究も、世界各地で行われています。

日本でもES細胞を使った研究が前進

日本では、一定のルールを定めて、ヒトES細胞の研究が認められています。2017年、国立成育医療研究センターは、ヒトES細胞から吸収や分泌能などのヒト腸管の機能をもつ「ミニ腸」をつくったり、ヒトES細胞とiPS細胞から視神経細胞をつくり出すことに成功しており、病態の解明や新たな治療薬の開発を目指しています。

また2018年には、京都大学ウイルス・再生医化学研究所が、臨床用ヒトES細胞株の樹立に国内で初めて成功したと発表しました。臨床応用を目指した研究施設に対して、ヒトES細胞株を提供していくとのことで、日本でもES細胞を使った再生医療の研究が大きく前進すると期待されています。整形外科の領域で、ES細胞が治療で使われる日がやがて訪れるかもしれません。

《参考文献》
長船健二(著), もっとよくわかる!幹細胞と再生医療. 羊土社 2014
山中伸弥(監), 京都大学iPS細胞研究所(編), iPS細胞の世界 未来を拓く最先端生命科学. 日刊工業新聞社 2013
山中伸弥(監), 京都大学iPS細胞研究所(著), iPS細胞が医療をここまで変える 実用化への熾烈な競争. PHP研究所 2016